1、漆の安全性やこだわりについて
以前お尋ねがありましたが、作者として以下のように考えています。 まず、漆器の木地と塗る漆に分けて考えたいと思います。
《 漆 器 の 木 地 》 木地についてですが、お椀やお盆などでは、ある程度の堅牢さが要求されます。熱い汁ものなどをこぼすと危ないので、安心して長く使える漆器をと思っています
私は木地師の仕事をベースにしているので、器の形や丈夫さ等に相当の神経を使っています。けれども、木は生命ある有機物なので、絶対に変形などしないとは言えない、のも現実です。
作り手なりに努力しますが、漆器はそれなりにデリケートな器です。ただ、使う人のお手入れにより、その分奥深い魅力を増す余地もあろうかと思います。
《 漆 》 漆(塗られた皮膜)は酸.アルカリに強く材を長く保護し、美しい光沢があります。 通常は国産漆なら良いとされがちですが、実際は漆の主成分であるウルシオールの含有率の高い漆が、より優れるとされます。また、漆の精製や加工によっても、漆液の質は大きく異なります。
私の場合は未精製の漆を買い、作品の仕上がりを考えながら自分なりの漆に仕立てています。日々の仕事で発見があり、それを次の漆の仕立てにフィードバックするのは、何十年も工夫していますが興味の尽きない作業です。 2014年6月
2、偽物.模造品について
ニセ物を作られ長く悩んできましたが、同様な悩みを持つ工芸家は少なくありませんでした。漆器だけでなく、焼き物でも、家具でも……。
けれど、こぼしていても限界なので、私の体験を書いてみることにしました。
《 ヒ ッ ト 作 誕 生 秘 話 》 かなり前の話です。 ヘギ板(木を割った板)の雰囲気が面白いので皿を作ってみようと、材料を仕入れ取り掛かる直前、他の漆作家がヘギ目の皿を作っていることを知りました。似てしまいそうな皿など作れないし、たっぷり材料は買込んでしまったし、ウムム……。
脳みそをギュギュ~ッと絞るうち、その材を自分なりの解釈で重箱にすることを思いつきました。それはまあまあの人気作になって、災い転じて思わぬ福となりました。
《 亀 の 歩 み 》 全てではありませんが、時間のかかる作品もあります。
オリジナルでしかも発想の枠組みまで変える必要のある仕事では、「思いを巡らせ.作り.考え込む」の果てしない繰り返しで、それなりの完成まで10年を超えました。
亀のようにゆっくりで歯がゆくもありますが、明確な答えなどない仕事では、積み上げていく自分の納得こそが命綱だとも思うのです。ところが、遠目にはそっくりな漆作品を、最近目にすることがありました。 へなへなと私の全身から気力が失せました。
ふと見かけた作品を気に入り真似るのは、アマチュアなら許されるかもしれません。しかし、プロの作家では著作権の問題だけでなく、自己否定することに近いと危ぶまれます。
《 百 花 繚 乱 》 ところで、 伝統工芸では「写し」といい古典の模倣が行われます。 制作の勉強をするためや人気作のため作られますが、その古典へのオマージュ(讃辞、敬意)であり、ニセ物づくりとは全く異質な行為です。
モノづくりのプロセスは、植物を育てる作業に似ています。仕事という土壌をよく耕し、アイデアの種をまき…… どんと腰を据え心定めれば、自分の花を咲かせる日はきっと来ます。
葛藤も困難も創作の一部です。プロとしての基礎的な知識と技能が前提ですが、懸命に知恵を絞るうちに良い結果にたどり着けるものです。
真摯な作家がそれぞれの花を咲かせる百花繚乱の工芸界を、私は夢みます。恥ずかしい話を書き連ねましたが、少しでもそこに近づきたいからです。お許し下さい。 2012年12月